真面目に考えた

哲学者に学ぶ!怒りの感情の鎮め方

こーにちは。前世は古代ローマ人のコバヤシモンドです。

人間、生きていると怒ってしまう時ってありますよね。

温厚で仏の生まれ変わりという噂もあるコバヤシでも、自動販売機でコーンポタージュを買ったのにおしるこが出た時は思わず怒りをあらわにしてしまいました。

よりによって真逆を出すなよ!!

「義憤の娯楽化」などといった表現も生み出され、怒りによって気持ちよくなる人もいますが、やっぱり怒りなんて感情はあまり持ちたくないですよね。

 

そこでご紹介です。

 

なんと2000年近く前の本が怒りを生まない生き方のヒントを与えてくれます。

 

マルクス・アウレリウス・アントニヌスという人が書いた『自省録』です。

著者マルクス・アウレリウスについて

マルクス・アウレリウス(121-180)は五賢帝と呼ばれる優れたローマ皇帝の一人であり、ストア派哲学者でもあったすごい人です。

政治にも国防にもとにかく忙しかった人ですが、激務の合間を縫って自分に対する戒めの言葉を、誰に向けるでもなく淡々と書きつづった記録がこの『自省録』です。

ま、今でいうとツイッターですね。

はい。すみません。

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どんなことが書いてあるのか

ここで、コバヤシの好きな『自省録』の一節です。

苦いきゅうり。捨てるがよい。路上のいばら。脇に避けるがよい。それで十分である。その上に言い加えるな、「いったいなぜそんなものどもが宇宙のうちに生じたのか」と。

マルクス・アウレリウス(2006)『自省録』(鈴木照雄訳)講談社.

苦いきゅうりから宇宙にまで思いを巡らすとは、やはりローマ皇帝ともなるとスケールが違います。

それはともかく。

マルクスさんが言っていることは、

「なんか問題が起こったら、ただ対処すればいいじゃん。グジグジ文句言う必要ないよね」

ということです。これを冒頭の例に当てはめると、

「おしるこが出たなら、サポートセンターに連絡してコンポタにかえてもらえばよい。それで十分である。その上に付け加えるな、『いったいあんたんとこはどうなってるんや?だいたい社員の教育が(以下略)』と。」

こうなりますね。

もう一つ、こんな一節を。

誰かがお前に何か過ちを犯した場合には、彼は何を善ないし悪と考えての過ちであったかと直ちに考えてみよ。なぜなら、その点を見て取ればお前は彼に同情し、驚くことも(いか)ることもないであろうから。

マルクス・アウレリウス上掲書.

これも圧倒的な人格者の考え方ですね。

「自分が迷惑かけられても、相手は良かれと思ってやったのかも、って考えてみ。そのへんを思ってそいつの気持ちになってやればムカついたりはしないから。」

ということです。

皇帝という最高権力者がこんな思いを自分に対して書きつづっている国…

そりゃいい国になりますわな。

ストイック(=ストア哲学的)とは無縁のコバヤシも、この本だけは時々めくって心をリセットするようにしています。

文章はけっこう難しいですが、書き方が本当にツイッターとかブログみたいな感じなので、哲学書の中では読みやすいです。

光文社古典新訳とかで出してくれればさらに読みやすくなるのになー。

最近メンタルのバランスが崩れているという方は、一度手に取ってみてはどうでしょうか。

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